Mafumi Wada (AIT)
2024年5月、AITが主催する「アートと気候危機の勉強会」がCADAN有楽町にて開催された。2023年6月、10人からスタートしたこの勉強会も、さまざまなアートセクターの協力を得て回を重ね、ようやく4回目を迎えた。本年度から石橋財団からのサポートもあり、少しずつ確実に関心の輪が広がってきている。今回は、一般社団法人日本現代美術商協会(CADAN)の協力を得て、ギャラリストを中心にアート関係者約24名が参加した。
AITが気候危機問題に取り組むようになったきっかけには、ギャラリー気候連合(Gallery Climate Coalition)(以下GCC)への賛同がある。GCCは、ロンドンを拠点とするギャラリストやアート関係者によって2020年に設立された非営利団体。深刻化する気候危機に対して、アート界ならではの対応策やガイドラインを打ち出して、新しい試みを続けている。現在賛同メンバーは世界中に1000を超え、ベルリン、ニューヨーク、台湾、ロサンゼルスとイタリアの各都市にもGCC支部を置く国際ネットワークである。AITは2021年にGCCに加入し、2023年5月、積極的に関わるGCCアクティブ・メンバーに認定されたことを機に、この勉強会をスタートさせた。
前回森美術館で行われた第3回勉強会では、GCCの共同設立者であるヒース・ロウンズがオンラインで参加し、GCCの活動の概要を紹介した。それに続き今回は、ロンドンのギャラリー、Kate MacGarryのディレクターでGCCの創設メンバーでもあるケイト・マクギャリーとZOOMでつなぎ、特にコマーシャルギャラリーの視点から気候危機とアートのアクションについて話し合った。
気候変動とアートを取り巻く現在の状況
前半は、AITのロジャー・マクドナルドが、アートと気候危機を取り巻く現在の概況についてレクチャーした。
気候問題にアートが取り組む際に、考えられる2つの方法がある。ひとつは、作品や展覧会を通して社会へメッセージを打ち出すアートの実践。もうひとつは、アート産業がシステム的に生み出している環境への負荷を減らすやり方。今日のトークは、後者のシステムにフォーカスする。アート産業に携わる者として、この問題を考え話し合うことが本勉強会の目的だ。
2022年10月、ロンドンのナショナルギャラリーで若いアクティビストがゴッホの絵にスープを投げつけるという世界を騒然とさせたニュースがあった。その後も2024年までの間に、70件近い同様の抗議アクションが欧米で起きている。また2019年には、地球温暖化により消失した氷河を悼み、アイスランドが氷河の葬儀を執り行い、気候危機への警鐘を鳴らした。ロジャーはこれら2つの出来事が、アートと環境問題の現在を示す象徴的な瞬間だと指摘した。気候変動がもたらす影響は、人間を含むすべての生き物や自然にとって差し迫った危機である。そして「アース・デモクラシー(地球民主主義)」を推奨するインドの環境活動家のヴァンダナ・シヴァや、『スモール・イズ・ビューティフル-人間中心の経済学』の著者、E.S.シューマッハの名をあげながら、地球環境を考える際には、人間だけではなく、人間以外の領域と再びつながるリコネクティブな発想が必要、とロジャーは語った。こうした環境問題への関心と責任の高まりのなかで、GCCも誕生したのである。
ロンドンの環境団体Julie’s Bicycleの調査によれば、2020年に世界中のアート産業が1年間に排出する温室効果ガスは約7000万トン。一説によるとこれはモロッコ一国の排出量とほぼ同等にあたる[1]。全体の74%を占めて圧倒的に多いのが、実は観客の移動。ついで美術館など公共施設(約11%)、アーティストのスタジオ(7%)、コマーシャルギャラリーやオークションハウス(5%)、輸送(2%)等々と続く。こうしたデータを通して、アート業界が与える環境負荷の現状が初めて認識されるようになった。同時に、グローバルビジネスであるアート産業が全体で取り組まなければならない課題であることもわかってくる。
GCCの特徴としてロジャーは、他分野の専門家と連携して、常に気候科学に基づいた具体的アクションを推奨している点をあげた。アート産業における移動や輸送、梱包など各分野の専門家と負荷の少ないオペレーションのアクションプランを作成し公開しており、現在AITではその日本語翻訳を進めている。
さらに前回の勉強会でも紹介されたカーボン・カリキュレーターは、個別の実態を細かく把握するツールとしてGCCが開発し、オンラインで無料公開している。組織の1年間の活動に沿って項目ごとに入力していくと炭素排出量が測定され、自分たちの活動のどの部分が多くの排出量を占めているかが明確にグラフで示される。状況を正しく把握することで、初めて目標が定まり効果的なアクションがとれる。GCCの実践的な姿勢がよく現れている。
[1]EDGAR – Emissions Database for Global Atmospheric Researchより
地球規模の緊急課題に、連帯と協働で取り組むGCCは、組織内に環境や気候問題を考えるグリーンチームの結成や、各組織が作成した炭素レポートの公表を呼びかけている。状況を公表しシェアすることで互いの努力を高め合い、この取り組みを一つの運動に盛り上げようという狙いがある。
GCCのモットーは、「できることから始めよう。」それぞれの一歩を踏み出すために必要なリソースとガイダンスを数多く提供し、しかもおおらかに呼びかけるGCCを、ロジャーは高く評価する。
最後にロジャーは、GCCが原則とする「Climate Justice/ 気候正義」についても触れた。気候変動による影響は世界一律ではなく、国によって責任の大きさも異なる。気候危機は気候だけの問題ではなく、環境や社会、倫理、政治、正義の問題と複雑に絡んでいる。科学やデータに焦点を当てるだけでは時に見えにくいこうした気候正義の問題を、気候危機に取り組む上で常に意識する必要がある。
「有限の資源のなかで無限な成長を説くことはもうありえない。持続可能な成長経済とはなにか、アートの世界でも一緒に考えていけたらと思っています。」(ロジャー)
コマーシャルギャラリーの取り組み〜ケイト・マクギャリーの例〜
後半は、ロンドンのケイト・マクギャリーとZoomでつなぎ、GCCとギャラリーでの具体的な取り組みについて話を聞いた。
GCCが生まれたのは、コロナによるロックダウン寸前のこと。トーマス・デーン、リッソン等のギャラリストや、フリーズ・アートフェアのディレクターらが集まって、脱炭素化に向けたガイドがアート業界に存在しないことについて話し合ったことが始まりだった。まず取り組んだのが、それぞれの炭素排出量の調査。それにより、スタッフの移動(travel)、作品輸送(shipping)、スペースの光熱費(energy)、この3つがアート業界の主な排出源であることが明らかになったという。
「この炭素レポートをさらに個別に細かく見ていくことで、隠された排出の割合も見えてきました。例えば、私のギャラリーでコロナの年に重量級の作品を1点韓国まで空輸したのですが、その1点だけで前年とほぼ同じ排出量を記録してしまいました。特に小さなギャラリーでは1つの変化が大きく全体に影響するので、細かく見ていけばいくほど勉強になります」とケイト。
この監査レポートの結果を受けて、ケイトはまず個人の移動を減らしたいと感じ、どこへ行くのか、なぜ行くのかを移動の前に意識するようになった。またギャラリーの運営全体を、環境の観点から見直した。航空便は船便の約10倍の二酸化炭素を排出するため、輸送手段を極力飛行機から船へ切り替えて、現在はNY―ロンドン間は標準的に船便を利用している。この選択には、GCCや他団体の働きかけによって、保険会社が船便で美術保険を扱えるようになったことも大きい。また現在は船便のコンテナ設備も向上し、完全空調設備の整った専用コンテナも登場しており、美術輸送の選択肢として船は十分検討可能な状況となっている。事実、先日ロンドンからオーストラリアまで片道3ヶ月かけてセラミック作品を海上輸送したが、まったく問題なかったという。
ケイトはまた、取引相手である美術館やコレクターにも情報を共有し、機会がある度に船を使う環境メリットを伝えるようつとめている。ただし押し付けず、優しくていねいに伝えることが肝心。そうして少しずつ仲間を増やしながら、この運動を広げることに協力したいと語る。コロナ以降、船便の運賃があがりコスト面でのメリットは下がっているが、フリーズ・アートフェアで毎回キャンペーンを行うなど、GCCとしても飛行機に代わる移動や輸送の環境メリットを根気強く伝えていく。
「移動をやめた結果、私たちは国際的なアートフェアにほとんど参加しなくなりました。そのかわり、他国のギャラリーとの関係性を強化して、コラボレーションへマインドをシフトすることによって、自分が行かなくてもすむようにしたのです。幸いなことに、ビジネスへの悪影響は今のところありません。」とケイト。
また日々心がけていることとして、シェアの発想をあげた。ギャラリー間でプロジェクターや台座など、貸し借りできるものはなるべくシェアする。できるだけ買わない、買わなければいけない時はリユースして、常に資源を回すことを頭に入れているという。気候危機という共通の課題に、シェアやネットワークの視点は重要だ。
国内マーケットが小さい日本のギャラリーが、海外のアートフェアへ出展しないことはビジネス的に難しい。またヨーロッパとは気候や環境も大きく異なる。ケイトも、これはあくまで自分たちのケースにすぎず、ロンドンというアートの中心にいてコネクションを持ちやすい恵まれた環境にあることも事実、とコメントし、ローカルの事情に応じて自分たちで選び取ることが大切だと語る。
「GCCは、美術館でもギャラリーでも個人でも、誰でも賛同すれば無料でメンバーになれます。この問題について完璧になることはできないけれど、関心があればスタートしましょう。GCCのリソースにはさまざまなものがあるのでぜひ活用してみてください。」(ケイト)
最後に会場からの質問タイム。地球環境問題という壮大な課題に挑みながら、ケイト自身はどのようにしてモチベーションを保っているのか?という質問には、「私はむしろやらないほうが気持ちが落ち込むタイプなので、やることに意義と生きがいを感じている。ただしアクティビストのように派手に訴えるのではなく、コツコツ続けることが大事」と語り、あくまで自分の意志による選択であり、人それぞれのやり方があることを強調した。
ギャラリーにとって最も大切なアーティストとの関係はどうだろう。何ヶ月もかかる船便を使うには、その分早めに作品を完成させなければならない。そのスケジュールをアーティストは受け入れられるのか。また、こうした情報はつくる作品にも影響を与えているか。こうした質問に対してケイトは、ギャラリストとして、この問題をアーティスト一人ひとりと話し合うようにしていると答えた。ただし、慎重に、決して強要しないように情報を伝え、最終的には作家自身の気づきに委ねているという。輸送を控えてなるべく現地制作にする彫刻家など、ささやかな変化も見られる。そして今後、自分が新しい作家を迎える時には、自然と環境に対する主観的な眼で作家を選ぶことになるだろうといい、特に若い世代の環境問題への意識はとても高いと語った。
今回、グローバルビジネスの最前線にいるコマーシャルギャラリー中心の集まりだっただけに、具体的で内容が濃く、休憩や終了後の雑談の中にも面白い意見やアイデアが飛び交った。ギャラリーが海外のアートフェアに赴くスタッフの人数を抑えたり、出展ブースをシェアするような普段のコストカットのアクションが、結果的に炭素排出量を抑えることにもつながる点は興味深かった。海外の事例を参考にしながら日本でも物資や知識、ネットワークなどを共有するシェアのしくみができたら、と考えるとワクワクしてくる。GCCも、気のおけない仲間たちの集まりから始まった。率直な意見交換の場から、サスティナブルでビジネスにも有効なアクションが起きる予感を大いに感じながら、次回シンポジウムにも期待したい。
文:坂口 千秋
*あわせてぜひお読みください。
気候危機とアートの勉強会「GREEN STUDY MEETING VOL.3」レポート 文:福島夏子 (Tokyo Art Beat) (2024.4.19) https://www.a-i-t.net/blog/p16933/
VOL.4:GCCインタビュー「ギャラリーと気候危機」ケイト・マクギャリーインタビュー 聞き手:ロジャー・マクドナルド (2021.12.10) https://www.a-i-t.net/blog/p8093/
【申込受付中】
7/27(土)開催! 気候危機とアートのシンポジウム 「アートセクターはどのようにアクションを起こせるか」https://www.a-i-t.net/events/18220/
イベント概要 名称「Green Study Meeting Vol.4」 日時 2024年5月31日(金) 19:00〜20:30(開場 18:30) 会場 CADAN有楽町 住所 〒100-0006 東京都千代田区有楽町1丁目10−1 有楽町ビル 1F スピーカー ケイト・マクギャリー(Kate MacGarry) 司会 塩見 有子 (AIT ディレクター) モデレーター ロジャー・マクドナルド(AIT) 主催 NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] 特別助成 公益財団法人 石橋財団 協力 一般社団法人 日本現代美術総教会(CADAN) 言語 日本語、一部英語(英語は日本語の逐次通訳あり) 定員 20名 参加費 無料 備考 要事前予約、非公開・招待制 |
気候危機とアート とは?
気候危機とアート
アートがもつ表象の力、美術史や言説と気候危機の関係、そして具体的な実践について、AITの活動全体を通じて追求していきます。アート・オンライン講座「崩壊の時代の芸術体験」コースやTASで行っている講座と合わせてご活用ください。